はじめに

 

  健康情報が氾濫し、何が正しい情報かわかりにくい時代です。
 専門家である医療関係者は正しい健康情報を知っているはずだと思われがちですが、医療関係者は国民以上に、国や製薬会社発の情報を信用してしまう傾向があります。サリドマイドやスモンから血液製剤によるエイズやC型肝炎まで、薬害はいっこうに根絶されません。誤った情報を流した国や製薬会社の責任は重大ですが、医師が偏った知識をもとに多くの薬害患者をつくってしまった責任も忘れることはできません。

 食品偽装や年金問題などを見れば、企業発や官庁発の情報を「本当に信用していいのかな?」って思う方も増えていると思います。しかし、有名な研究者の話や繰り返しマスコミで流される情報は、信頼できる情報だと思ってしまうのも人情です。
  保健指導や健康教育についても、同様の状況がみられます。メタボリック症候群(略してメタボ)対策が国策として産学官あげておこなわれる事態になりました。メタボについても国や製薬会社による情報操作がおこなわれているようです(大櫛陽一『メタボの罠』など)。「何が健康を悪化させ、何が健康を改善するか」を、今、改めて冷静に考えることが必要であると痛感し、この本を書くことにしました。

“メチャ・ド・リスク”という言葉と考え方はメタボ対策に特化された上記制度に対する批判的検討の中から生まれました。この本は世の中に溢れている健康になるためのHow To本の一種ではありません。健康になるための秘訣は、まだよく分からないことが多いのです。
  分かっていることは、本書のタイトルのように、健康にはメタボより危険なことがいっぱいあり、その多くは社会的な事柄や社会のあり様だということです。それらの危険を「メタボリック」をもじって「メチャ・ド・リスク」(略してメチャド)と命名しました。メチャ(めっちゃ)・ド(どえりゃー)・リスク(危険)という造語です。「どえりゃー」は、「非常に」という意味の名古屋弁です。ドは20世紀初頭のイギリス艦隊巨大戦艦ドレッドノートから来た弩(ど)級(非常に大きい)という意味もあります。
  健康のためにはメタボ対策よりメチャド対策が重要というのがこの本の趣旨です。
 

 この話の一部は、第18回日本社会医学会(2007年7月、名古屋大学)の教育講演としてお話しました。本書は多くの社会医学や社会疫学研究者が社会の実態、特に低所得者層や不規則労働者・不安定雇用者などの健康について、地道な調査や研究によって明らかにしてきた成果を基にしています。
  本書は主に、健康に関心のある一般の方々を念頭に置いて書きましたが、健康相談や保健指導を実施する医師・保健師・看護師・管理栄養士をはじめとした医療関係者の方にも是非お読みいただき、本当に役立つ健康支援の参考にしていただきたいと思います。
 読者の多くは、自分や自分がかかわっている特定の個人の健康がどうすれば改善するかということに関心があると思います。しかし、残念ながら現在の学問や技術では、特定の個人が健康で長生きできるかどうかを正確に予測することも、確実に改善することもできません。どんなに健康的な集団でも早死にする人がいる一方、不健康な集団でも長生きする人もいます。予測や改善が可能なのは多人数の集団の平均的健康度です。
  このことについて詳しくお話する余裕はありませんが、本書は特定の「個人の健康」ではなく、「集団の健康」を対象にしていることをご了承ください。
  また、話の性質上、医学の専門的な事柄にふれざるを得ない所がある一方で、一般の方にご理解いただきやすいように厳密さや調査の詳細を省いて表現してもいます。正確な知識を知りたい方は、巻末の参考文献などを手がかりに、ご自分で図書館・本屋さんやインターネットなどで探索してください。


     2008年2月      服部 真