はじめに

 

 いま地球環境はかつてない危機を迎えようとしています。
  人間活動が引き起こしている地球温暖化・気候変動がさまざまな悪影響をもたらし始めていますが,これまで同様に,石炭,石油を湯水のごとく使用する大量生産・大量消費・大量廃棄型の社会を継続すれば,間違いなく21世紀中に破滅的な影響が現れます。現在の若者や子どもたちの世代,さらにそれに続く世代は大変な環境の下で生きることを余儀なくされるでしょう。
  いまとなっては,もはや21世紀中に気温上昇を止めることはできなくなっていますが,少なくとも破滅的状態に陥らないようにしなければなりません。しかし,そのためには,早急に取り組みを強める必要があります。いま生きている私たちの世代に子どもたちや孫の世代,さらにそれに続く人類の運命がかかっていると言っても過言ではありません。
  なお,日本では「地球温暖化は人間活動が原因で起きていない」とか,「地球温暖化は悪影響をもたらさない」などという趣旨の「地球温暖化懐疑論」を主張する出版物が出されていますが,後述するように,これらは科学的論拠に乏しいものです。
  また,地球温暖化以外にも,化学物質などによる環境汚染,自然破壊,資源枯渇などの問題も依然として続いています。これらの問題を克服する取り組みを,今後も強化しなければなりません。
  一方,地球上では依然として戦争や紛争が引き起こされ,人間の命と安全が脅かされています。テロ撲滅の名の下にアメリカが起こしたイラク戦争やアフガニスタン攻撃などで多くの一般市民の命が奪われています。イスラエルによるガザ攻撃や各地で起きる軍事紛争も,子どもを含む多くの犠牲者を生み出しています。兵器も次第に高度化し,他国に対する軍事的優位を保つための軍備拡大競争も依然として続いています。最大の威力をもつ核兵器は,いまだに全人類を殺戮し尽くして余りあるだけのものが,世界の少数の国によって保有されています。つまり,いまなお私たち人類は軍事的脅威から解放されていないのです。

 確実に進行している環境破壊といつ起きるかもしれない戦争・軍事活動。人間の生命と安全を脅かすこれらのふたつの問題は,別々の問題であるかのように思われがちですが,決してそうではありません。筆者は30年近く環境保全の研究,教育に携わってきましたが,以前からこれらは切っても切れない関係にあると考えてきました。
  1990年に出版した著書『地球環境論』は,さまざまな地球環境問題を人間社会と関係づけて論じた,当時としては数少ない本でしたが,その中で戦争や軍事活動による地球環境破壊に関する章を設けて,この問題の重要性を指摘しました。1994年出版の『地球環境問題入門』や『地球環境論』の改訂版として1997年に出版した『新・地球環境論』でもこの問題を取り上げました。これらでは,主として戦争や軍事行為が地球環境破壊を促進していることについて指摘しました。また,地球温暖化をはじめとする地球環境破壊が人類の健全な生存そのものを脅かし始めており,もはや軍事的国家安全保障よりも環境保全的人間安全保障を重視すべきことも指摘してきました。
  さらにその後の研究を通じて,新たな視点として,地球環境保全への取り組み,とくに再生可能エネルギー(自然エネルギー)普及の推進や地下資源消費の抑制が,平和で持続可能な社会の構築に通じることも明らかにしてきました。つまり,戦争や軍事あるいは平和問題と地球環境問題の間には相互に影響し合う密接な関係があるのです。
  しかし,以前はふたつの問題の関連についての関心はあまり高くなかったように思います。10年ほど前に大阪で開かれたシンポジウムで「戦争・軍事活動と地球環境破壊」というテーマで戦争や軍事活動による地球環境破壊への影響について話をする機会がありました。その参加者に,平和活動をしているNGOのメンバーがおられ,その方は私の話を聞かれた後,非常に重要な視点だと思われてぜひ自分たちのNGOでもその話をしてほしいと言われました。ところが,後で相談されたところ,そのNGOのメンバーの方々から平和問題とはあまり関係ないという理由で反対されたそうで,「残念ですが,お断りせざるを得ない」と連絡してこられました。これは一例ですが,ほかにもこれに似た経験を何度かしたことがあります。
  しかし,最近,状況が変化しているように感じます。各地の「9条の会」などからの依頼で,平和問題と地球環境の関係について講演する機会が少しずつ増えてきました。また,ある雑誌で「地球温暖化をとめよう」というテーマの連載のなかでこの問題について触れました。これらの講演や記述で,憲法9条を守り,平和な社会を築くことは,地球環境保全にとって不可欠であり,同時に,地球環境保全の推進は平和な世界の実現に結びつくことを主張しました。幸いなことに,多くの受講者や読者のみなさまから賛同の感想をいただいたり,新聞に投書していただいたり,さまざまな反響がありました。
  そんなとき,あけび書房さんから本書趣旨の出版依頼をいただきました。地球環境の保全も平和の維持もどちらも重要な問題ですが,それぞれが緊密な関係にあり,統合的に捉えることの重要性を多くの方々にご理解いただくと同時に,それぞれの分野で奮闘されている団体や個人の力が結び合わされ,一つの大きな流れとなって,二つの課題を同時に解決しうる方向に向けて前進させられると考え,執筆することにしました。
  私たちの行き着く先は,民主的で平和で地球環境も保全できる持続可能な社会であると考えています。日本社会がそのような社会を築く方向に進むことを願いつつ,執筆いたしました。

        2009年5月和田 武