はじめに


 私自身かつて、子どもを保育所に預けて働く母親でした。
 娘が3歳になったとき、延長手続きをしていた失業保険の期限が切れることをきっかけに、再就職活動を始めました。その頃は人手不足倒産も出るほどの労働力売り手市場でしたが、幼い子どもがいるということで、給与などの条件をかなり落としても、就職先はなかなか見つかりませんでした。いくつも面接しては落とされ、ようやく正社員に採用が決まりました。
 さっそく、保育所の申し込みに市役所に行き、窓口で渡された認可保育所のリストを見ながら片っ端から電話をしましたが、どこも空きはありません。ある認可保育所の関係者から、教えられた認可外の保育所に電話をすると、空きがあるということでした。

 そこは、マンションの一室にある保育所でした。当時、まだ数が少なかった0歳児からの保育をやっていました。お昼は手作りの食事が出るということで、月7〜8万円という金額はかなりの痛手でしたが、子どもが幼いうちは自分の将来に投資するつもりでと、お願いすることにしました。
 何回か慣らし保育をしましたが、親の心配をよそに、娘は喜んで通ってくれました。ほっと胸をなでおろしたのも束の間、いざ本格的に預けることになると、行くのを嫌がるようになりました。なだめたりすかしたりしながら、なんとか毎日、連れて行きました。
 その保育所はしつけがかなり厳しいところでした。ひとりっ子で、それまでのびのび育っていたので、ギャップもあったと思います。娘の顔からは人懐っこい笑顔が消えて、大人の顔色をうかがうようになりました。病気も頻繁にするようになりました。
 仕事を辞めることも何度か考えましたが、ここを乗り越えなければ、この先もずっと働きに出ることはできないと思いました。また、就職先では小さい子どもがいる女性を雇うのは初めてだと言われていました。私が辞めたら、会社は二度と子どものいる母親を採用しないだろうという責任も感じていました。

 そして何より、あの頃の私は無知でした。相手は保育の専門家なのだから、任せておけば安心と信じていました。
 本当はいくつか気になることがありました。特別な行事のとき以外は、親はけっして中には入れてもらえませんでした。送り迎えはいつも玄関のところで子どもと荷物の受け渡しをおこない、それ以上は一歩も中に入れません。

 預け始めて数週間たった頃だったと思います。道端で何かのことで娘をちょっと叱ったら、いきなりその場に座り込み、両手をついて土下座をしながら必死になって、「ごめんなさい、ごめんなさい」と連呼して謝ったのです。そのときはただびっくりして、抱きしめました。
 私はその頃は単純に、「おじいちゃんが好きなテレビの時代劇でも見て、真剣に謝るときにはこうするものだと思い込んだのだろうか」くらいにしか思っていませんでした。
 保育者のなかには、いつも笑顔で優しい感じの若い女性もいましたが、いつ行ってもにこりともしない保育者もいました。「そんなことをするとまたぶつよ」と子どもをきつい声で叱っているのを洩れ聞いたときには、不安を感じていました。その他、いろいろな疑問がありましたが、保育の責任者と話をしても、「いやなら、やめてくださってけっこうです」と突き放すように言われ、それ以上は何も言えませんでした。
 娘は翌年の4月に市立の保育所に入るまでの約半年間、その保育所に通い続けました。
 新しい保育所に通いはじめると、あれほど頻繁だった病気もぴたりとなくなりました。表情もすっかり生き生きして、今日は保育所でこんなことがあった、あんなことがあったと、毎日、うるさいくらい話すようになりました。保育所が替わると、こんなにも子どもの様子が変わるものかとびっくりしました。
 その後、私が保育施設の問題点に気づくようになったのは、10数年もたって、会社を辞めてからです。いじめや虐待など子どもの問題にかかわるようになり、専門職による虐待があることを知ってからです。
 今さらですが、何も知らず、娘を深く傷つけてしまったのではないかと後悔しました。しかし幸いなことに、娘はその後楽しく過ごした市立保育所のことは細かく覚えているのに、最初に預けられた保育所のことをほとんど何も覚えていませんでした。
 娘の保育所で何があったのか、正直、今でもわかりません。その後、「スマイルマム大和ルーム」や「小鳩幼児園」での虐待死事件、保育施設内での乳幼児死亡事件を知って胸が痛みました。

「親が自分で子育てしないから」「認可外保育所なんかに預けるから」など、無責任な周囲の言葉に反発を感じました。親が安全な保育所を選べるほど数は多くは
ないのです。しかも公立保育所の多くは日曜祭日や夜間は預かってくれませんし、いつも満杯で空きがありません。公立保育所に預けたくても条件があわないのです。そして、保育施設は子どもの命を守ってくれるところだと信じて、高いお金を払って保育の専門家に託しているのです。
 事件・事故が起きたとき責められるべきは、不適切な保育で子どもを死なせてしまった施設側です。子どもにお金をかけない国のあり方です。
 そして、もっとやりきれないのは、子どもの死の教訓が再発防止に生かされることなく、同種の事件・事故が今も多発しているということです。

 今回、この本を書く機会を与えていただいて、あの頃の何も知らなかった自分に警鐘を鳴らすつもりで書きました。大切な大切な子どもたちの命がこれ以上、奪われることがないように、祈りを込めて書かせていただきました。

 まさか、自分たちの身にこんなことが起きるはずがないと思っているお母さん、お父さん、そして保育者にこそ、ぜひ読んでいただきたいと思います。

 安心して子どもを生み育てられる社会をめざして。

        2010年7月   武田さち子