福島原発事故のさなかに−本書の概略と意義−(抜粋)

 本書は、ラルフ・グロイブとアーネスト・スターングラスの著書『The Petkau Effect』(ペトカウ効果)の初の邦訳出版である。
  詳細は後述するが、「ペトカウ効果」とは、約20年間、カナダ原子力公社の研究所で医学・生物・物理学主任だった、アブラム・ペトカウ博士が発見した、低線量放射線による生体レベル、細胞レベル、分子レベルでの影響のことである(一部の研究者からはノーベル賞に値すると言われている)。本書は、「ペトカウ効果」を詳細に紹介すると同時に、原爆、核実験、そして原子力発電所がもたらす様々な放射線被害、および今日までの政府当局による放射線防護基準の欠陥を、世界各国の数多くの研究者の論文と当局側からの発表という双方からの視点を交え、膨大な量の貴重な資料をもとに記している。

 被爆国で地震大国の日本に原発があることの矛盾


 ところで、奇しくもこの本の下刷りにかかろうとしていた2011年3月11日、マグニチュード9.0という東日本大震災が発生し、東北では地震と津波により多大な犠牲者を生み出した。
  悲劇に追い討ちをかけたのが、福島原発の大事故である。外部電源喪失、水素爆発、燃料棒破損、核燃料プール冷却不能という尋常でない事態に至っている。そのうえ、余震により、原発の何十倍以上もの放射能があるという六ヶ所村再処理工場まで外部電源喪失という、一歩間違えれば日本全体が壊滅状態になるところまで一時期達してしまった。今回の事故はなぜか「想定外の津波」のせいにばかりされているが、これは事実と異なる。そもそも今回の電源喪失の直接原因は「地震」であり、津波の及ばなかった場所に立っていた受電鉄塔の倒壊によって引き起こされた。そして電気系統も破壊されたため、電源車が来ても役に立たなかった。さらに、1号炉では、地震発生の夜、原子炉建屋内に高濃度の放射能漏れがあり、配管か重要機器いずれかの破損の可能性が高く、3号炉でも、圧力の激減から冷却系の配管が破損したと見られている。両方とも水素爆発の前の話だ。地震・津波による重要配管の破損は、全国の原発すべての耐震安全性にかかわる緊急課題である。
  それでも政府と電力会社は、国の原子力政策を続行する予定である。東京電力は、柏崎刈羽原発のうち1、5、6、7号機を、3月11日以降もそのまま動かしている。2007年に中越沖地震で地盤自体が変形し、しかも原発の機器そのもへの応力や塑性変形が危惧されているにもかかわらずである。伊方原発は世界有数の大活断層「中央構造線」の目の前であり、敦賀、もんじゅ、美浜、六ヶ所再処理工場はなんと敷地内に活断層が見つかっている。まともな感覚であれば、これらの原発および再処理工場は、冷却以外の運転をすべて停止し、さらには現存する使用済み核燃料の安全性をいかに高めるかの対策を早急に練るのが常識だと思う。これでは運転中だった1から3号炉、そして運転中でなかった4号炉の事故から、なにも学んだことにならない。
  ところで、非常に基本的なことなのだが、原発がなくとも電力は足りている(マスコミが報道しないので常々不思議に思っていることなのだが)。毎年出ている『電気事業便覧』で、火力・水力の設備能力を足し算すれば、8月最大電力需要もほぼ賄えているのだ。理論的かつ冷静に対応するのなら、休止中の火力・水力の発電設備をフル稼働させ、すべての原発は即刻停止されるべきである。第2の福島を決して起こさせてはならぬ。
  そもそも被爆国であり地震大国である日本に、なぜ原発が54基もあるのだろう。
  日本の原発第一号は英国から輸入されたものだが、英国の保険会社ロイズは、日本は地震大国であること、原子力が確立された技術でないことから、原発の保険を引き受けることを拒否した。これを受けて国は原子力をあきらめるのではなく、大事故が起こった場合に電力会社が負担しきれない部分を国(つまり国民)が負担するという、いわば原子力産業を守るための「原子力損害賠償法」の制定に向け、原子力事故の試算を当時の科学技術庁に委託した。当時(1960年)の国家予算の2.2倍の損害が最悪の場合生じるというとんでもない結果が出たという。
  ところが驚くべきことに、当時の国会は、上記の試算にもかかわらず、原発を導入してしまった。ちなみに上記の試算で、原発事故の放射能による死亡者の補償料はわずか80万円超だったという。なんという安い国民の命だろう。しかもその試算には、被曝の影響が強い子供や胎児が無視されていた。また、原発の事故で最も大きい健康被害が、事故の数年後に出る晩発性影響であるが、こちらもまったく考慮されていなかった。
  今回の賠償問題でも、因果関係が立証されないからと、晩発性影響による健康被害が補償されない事態にならないで欲しい。多額にのぼる賠償金だが、電力業界はまず再処理等の積立金2兆5000億円および宣伝広告費を、国は毎年の原子力予算4,500億円を、後始末と賠償のためできる限り多く割り当てるのはどうか。また、「同時多発メルトダウン」を手際よく防げた政治家がいるはずもないのに、首相1人をスケープゴートにする体制もおかしい。それよりも、今まで原子力を推進してきた政治家、官僚、企業、学者、文化人、マスコミ各社をリストアップし、自発的な寄付を行ってもらう「福島原発事故被害者のための基金」のようなものを設立したらどうだろうか。そうでなければ、本当の意味での責任の所在は明らかにならない。実際今回の事故で自ら謝罪表明した推進科学者も少数ながら一部おられる(この方々は少なくとも立派である)。今まで原発を推進してこられてきた方で、福島の人々の苦しみを毎日報道で見て、良心の呵責を感じない人は少ないのではないだろうか。原発被災者の受けた多大な実害を少しでも償う場が設けられるべきである。
  原発の最大の問題は被曝問題だ。福島の住民、原発事故収束にあたっている被曝作業員のことを思うと胸が痛む。しかし、被曝作業員の問題は原発導入当初から日常的に続いている大問題であり、我々皆が真剣に考えるべき問題なのである。アスベストの製造は禁止されている。そうならば同様に、被曝労働者問題だけからしても、原子力政策は根本から問われるべきものである。
  そもそも被曝問題の原点ともいえる、広島・長崎での被爆者の現実についてもあまりにも知られていない。放射性物質のちりや雨により被曝した入市被爆者が原爆症認定裁判で勝利するようになったのは、2008年の大阪地裁が初めてであった。それまでは2km以内の同心円内の被曝者しか認められていなかったのである。放射能を帯びたちりが人間が引いた円上で止まってくれるとする前提は、もちろん科学ではなく、政治による判断であった(それは今回の福島原発事故への特に初期における政府対応にも通じるところがある)。
  ちなみにこの裁判で、その科学的な根拠として挙げられたのが、本書の主題である「ペトカウ効果」だった。広島・長崎は過去のこととして、あまり注目されない今、日本でほとんど知られていない、本書のテーマである「ペトカウ効果」が、被爆者を実は現在も救っているのである。

 ただちに健康被害はない!?

 放射能が環境中に拡散される中、政府や「専門家」は「ただちに健康には被害はない」の大合唱だ。妊婦や子供への対策は決して十分とはいえない。胎児や幼児の将来にわたる健康を真に考えるなら、汚染された土地から、彼らをいち早く退避させるべきである。
  また、放射能は大気、水、飲食物を通し、私たちの体にさまざまな経路を通って取り込まれる。当たり前の話であるが、ある測定値が基準値以下であっても、全数検査が不可能であり、そして個人個人の総被曝量の計算が不可能である限り、どうして絶対の安全が担保されようか。放射能は、土壌、大気、飲料水や食品中に不均一に混入する。魚などは回遊するし、魚種によって生態濃縮の機構も異なる。また、全国流通網を見れば、食品の原材料をすべてトラッキングすることは不可能だ。
  放射能に一番弱い赤ん坊は、決してマスクをじっとつけていてはくれない。既に環境中の化学物質、環境ホルモン、食品添加物などで健康が劣化しつつある子供たちに、どのような複合作用をもたらすだろう。
  専門家の提示する数値自体にも疑問の声があがっている。4月19日、文部科学省は年20ミリシーベルトという基準を福島県教育委員会に通知した。20ミリシーベルトが児童にとっていかに高い数値かは、本書を読めばわかるであろう。また、各地の測定値の比較の対象としてCTなどが引き合いに出されているが、外部被曝のCTと比較するのは正しくない。そして、CTはリスクが高いという点、そもそも日本は医療被曝が高く、日本のガンの4.4%は医療検査が原因であるという説もあり、近年問題になっている。
  重要な点として、放射線には、アルファ線、ベータ線、ガンマ線などがあるが、モニタリングポストで計測できるのは貫通力の高いガンマ線のみだ。にもかかわらず、安全を高らかに宣言している報道も何度も見受けた。そもそも飛距離が短く、いったん体内に取り込まれると非常に危険なアルファ線、ベータ線によるより危険な内部被曝は計測できない。ホールボディーカウンタをもってしても、ガンマ線しか計れず、体内に取り込んでしまったアルファ線とベータ線は計れないので、計測値は実際の被曝量より低い(なぜマスコミがこれをあまり言わないのか不思議である)。この外部被曝と内部被曝の違いは非常に重要で、本書でも詳述されているので是非参考にしてほしい。
  最近多くの一般市民も不安を抱き始めている。この不安はまさに根拠のある不安である。確かに“ただちに”健康に害はないかもしれない。しかし、放射線の本当の恐怖は、内部被曝によって後から生じる晩発性影響である。内部被曝は外部被曝と違った作用で、長期間人体を損傷し続ける。
  おそらく今後、健康障害が地域住民から出てきたら、チェルノブイリでそうであったように、「体の具合が悪くなるのは、放射能を恐れ過ぎてのストレスからくるものだ」と、心配しすぎる当人が悪いかのような言い方をする専門家が出てくるのだろう。これについては以下の4つの点を想起する必要がある。
  まず、そもそもストレスを起こさせるような原発事故という人災を起こさせた責任がどこにあるのかということ、2番目に精神的ストレスによっても本書のテーマである活性酸素の生成により、身体的健康障害につながること、そして3番目に放射線影響のひとつとして、特に発達中の脳には精神・神経系の障害を引き起こす作用があること、である。そして4番目には、実際に身体的な障害が生じ、それが精神的ストレスとなるという現象が大いにあり得るということである。チェルノブイリでも、実際は身体的なものが主で、精神的なものは従であるのに、原発事故の影響をなるべく少なく見せようと、精神的なもののみとした専門家が数多くいたのではなかろうか。子供の甲状腺ガン以外にガンが発生していないという理論には無理がある。
  数日前にも、ストロンチウム90が80km離れた場所でも検出されたが、微量なので健康に被害はない、というニュースが流れた。ストロンチウム90とはかつてレイチェル・カーソンが、化学物質と複合作用して環境に影響を及ぼす「邪悪な相棒」と称した、骨髄にも到達しガンを引き起こす危険な物質だ。
  米国では、核実験時代、子供の乳歯の中のストロンチウム90の含有量が増大した。米国の各地の母親たちは子供たちの健康に害が及ぶことに危機感を覚え、各地で何十万本もの乳歯を集めた。子を想う母親たちの活動は、部分的核実験禁止条約締結への一助となった。(乳歯のストロンチウム90の調査は、現在も行なわれている。http://www.radiation.org/)
  英科学誌『ネイチャー』は、汚染除去は場合によっては100年要するという専門家の意見を発表した。訳者は、現在進行中の福島県やその近郊の県での農家や漁業者の窮乏を痛々しい思いで見聞きしている。彼らは国による万全の補償を受ける権利があるし、一日も早く、そして長期的に補償してほしい。
  しかし、採取された農作物や魚介類を、農業者・漁業者への援助のために積極的に受け入れることは賛成できない。長期的な視点で考えると、仮にそれによって将来、特に放射能に脆弱な子供や若者に健康障害が現れた場合、労働力の低下や国全体の医療費の増大により、逆に被害者への補償が十分行えなくなる可能性もある。もちろん健康問題によって降りかかる個人の苦しみは、いかなる補償によっても解決できない。よって現実問題として、すべての市民、特に子供、若者、今後子供をつくる可能性のある年代の人々は、なるべく内部被曝を避ける生活を心がける必要がある。
  内部被曝を避ける必要性を説くことは、本書の大目的のひとつである。
    (……中略……)

 ペトカウ効果とは何か

  さて、本書のメインテーマである「ペトカウ効果」とは、カナダ原子力公社研究所の医学・生物物理学主任アブラム・ペトカウ博士が、低線量放射線による分子生物学的な人体影響のメカニズムを説明したものである。本書に著されているペトカウが発見した事象を列記する。(ただし訳者らは博士の92の論文を読んだわけでないので、博士の発見は以下に限らない。)

1.放射線によっても生じる活性酸素*1は、細胞膜の脂質と作用して過酸化脂質*2を生成し、細胞を損傷する。低線量では活性酸素の密度が低く、再結合する割合が少なく効率よく細胞膜に達し、細胞膜に達すると連鎖反応が起こるため、放射線の影響は低線量で急激に高まる。
2.上記の事象は、活性酸素を消去する作用のある酵素であるSOD*3を投入すると減少または観察されなくなることから、放射線起因の活性酸素によるメカニズムであることが裏付けられている。
3.個体レベルでは、活性酸素及びその反応によって生じる過酸化脂質などにより、ガン、動脈硬化、心疾患、脳梗塞を含む多くの病気や老化が引き起こされる。
4.ペトカウは人工膜のみでなく、幹細胞膜、白血球膜などを含む生体膜を使った実験でも同様の結果を得ている。
5.人体中のSODなどの酵素や食物中のビタミンやミネラル類などの抗酸化物質は、活性酸素に対する防御機能があり、被曝後の影響低減の可能性となりうる。

 海外ではペトカウ効果は、様々な研究者が引用しており、現在でもペトカウ博士の発見を発展させている研究者もおり、その重要な発見の数々は、今日の研究に引き継がれている。しかし、日本ではペトカウ効果はほとんど知られていない。ただし、ペトカウの発見を部分的に裏付けている研究者も出ており、これら周辺の事項は、あとがきに詳細を述べることとしたい。
  ところで、ペトカウ博士は、自然流産した胎盤においてSOD活動量(医学用語で誘導能)が不足していたという、非常に重大な発見をした。さらに、被曝労働者におけるSOD誘導能の研究途中の1990年、彼が主任を勤める研究所を閉鎖させられてしまった。以後、ペトカウ博士は地元で医師として働き、放射線研究の世界に戻ることは二度となかった。我々は偶然、ペトカウ博士の診療所の連絡先を見つけ、昨年11月、博士の診療所に問い合わせの手紙を送っていた。しかし、そのお返事をいただかないまま、今年の1月、博士は急逝されてしまった。大変ショックで残念なことであった。
  次ページにペトカウ博士の略歴を添えさせてもらい、心からのご冥福をお祈りしたい。

                    2011年6月9日      肥田舜太郎、竹野内真理