アブラム・ペトカウ博士略歴 

 アブラム・ペトカウは、1930年6月1日カナダのマニトバ州ロウファームで生まれ、中学までは教室ひとつの地方の学校に通っていた。苦学生であり、高校卒業後、2年間教員として学費を稼いだ後、マニトバ大学に入学。在学中も製紙工場でのバイト、物理学部での採点のバイトをしながら、1956年に物理学の学士号を取得する。さらに医学部を卒業し、ウィニペグ総合病院でインターンをした後、エール大学の博士課程終了後の研究員として奨学金を受ける。
  1962年、ペトカウはカナダ原子力公社(AECL)の研究員となり、チョークリバー原発で働いた後、AECLの医学・生物物理学主任に就任。1972年、全くの偶然から発見した「ペトカウ効果」を発表。低レベル放射線被曝における「上に凸の曲線を描く効果」、すなわち現在では一般的に「逆線量率効果」として知られるモデルを提唱した。早期から、細胞膜で活性酸素により生成される過酸化脂質によって様々な疾病や老化が引き起こされることも指摘していた。
  ちなみにペトカウは、単独および他の同研究者らとともに、人工膜以外にも、白血球膜、幹細胞膜における実験や、トリチウム水を使った自然放射線レベルの線量の実験も行ない、在職期間中に92の論文を発表した。実験では、試料にラジカルスカベンジャーであるSODを加えると、このような効果が観察されなくなることからも、活性酸素・フリーラジカルによるメカニズムの説明を裏付けるとともに、生体内での放射線防護メカニズムについて多くの研究を行なった。
  しかし、被曝労働者の白血球におけるSOD研究をしている最中の1989年、政府からの研究費が打ち切られ、ペトカウの研究所は閉鎖され、以降、放射線研究のキャリアは断たれてしまう。翌年の1990年にペトカウは自らの診療所を開業し、2010年11月末に引退するまで医師として働いた。「神の手による完璧な美」と謳った分子レベルの世界において、知的チャレンジと研究をこよなく愛していたという。
  2011年1月18日、急逝。

 *経歴は本書より要約した他、一部を以下のページより抜粋
  http://www.passagesmb.com/obituary_details.cfm?ObitID=174000