NHKで働いている人たちへ
       ―あとがきに代えて

 NHKの危機」と感じるさまざまな事柄を大急ぎで書き終えて、今、筆者が抱く思いは、NHKで働く人たちが、自らの良心にしたがって、ぶれずにニュースや番組を作り続けてほしいということに尽きます。
  NHKの存在そのものを厳しく批判する人びとからみれば、甘い期待だと言われるかもしれません。しかし、今、NHKで働く人たちに代わって、だれもNHKの番組やニュースを作ることはできないのです。たとえあの会長や首相派の経営委員がNHKの上部に居座っていても、現場さえしっかりしていれば問題ないはずです。こんなことで揺らぐほど、現場が弱いものではないことは経験上よく知っています。
  しかし、まったく心配がないか、というと、そうも言えません。そもそも、今回の経営委員から会長任命までの動きの背後には、政権側、あるいは政権に近い勢力からの、NHKの番組が偏向している、という非難、攻撃の空気があります。今に始まったことではありませんが、局内では、この攻撃に配慮して、政権批判につながるような放送を自粛したり、当たり障りのない内容にしたりする動きが、引き続いて必ず起こってきます。
  会長は、日本軍「慰安婦」や、秘密保護法、靖国などについての個人的な意見は変えていません。記者会見の場で語ったという「行為」を反省しているだけです。この会長がNHKの「編集権」を持つと主張して、会長職にある、という特殊な状況です。何か変化が起こらないはずがないでしょう。
  とくにニュースや番組の内容について、政権への配慮を理由に企画がボツになったり、放送の一部が削除されるようなことがあれば、抵抗しないわけにはいきません。その際、拠り所は、NHKが政府から独立した放送局であり、それが存在理由であるからこそ視聴者は受信料を払っているのだ、という事実です。
  この事実に拠った論理にはきわめて強い力があります。現場の皆さんはひるまず声を上げてほしい、内容によっては、視聴者・市民に訴えてほしいと思います。この姿勢は、NHK職員であるかないかとは関係なく、受信料で経費がまかなわれるあらゆる仕事に従事する人びとに要求されるものと思います。
 
  とはいえ、今のNHK内で声をあげることがいかに困難かは、第2章の池田恵理子さんや第3章の永田浩三さんの文章で明らかです。
  こうした緊急の事態で、大きな役割が期待されるのは、いうまでもなくNHKの労働組合です。しかし、会長問題についてのNHK労組(日放労)の姿勢には、OBの間でも、局内でも、相当に厳しい批判があります。
  とくに会長就任会見に対する日放労の見解は、会長の発言内容への批判はなく、一部の発言を「十分同意できる」と評価し、「会長発言は異例、強い関心をもって見ていきたい」という程度にとどまっていました。これには、日放労は今こんな状態なのか、とがく然としたというOBの声も少なくありませんでした。
  日放労は職員の70パーセント、約7300人が科入している大きな組織です。多様な考え方を持つ組合員が在籍し、中には安倍政権を支持する人たちも増えているはずです。会長辞任要求に反対する記者の組合員もいる、とも聞きました。組合は、良くも悪くもこうした組合員の意識や考え方を反映せざるを得ないでしょう。批判するだけではことは解決しません。この「あとがき」では、まず組合への期待を語ることにしたいと思います。
  組合のホームページの「あいさつ」をみると、(日放労は)「放送局ゆえの労働環境の改善と、公共放送としての自主自立を守るため現場から声をあげることを続けてきました」と書かれています。つまり、日放労の活動は、労働環境の改善と、公共放送を守る、という二つが車の両輪だったとわかります。
  この組合の歴史に期待をかけたいと思います。組合員に政治的な意見の違いがあっても、NHKの自主・自立を守るという課題では、組合員が一致できるはずですし、今こそその活動が必要な時期であるのは明らかです。
 局内からの情報では、組合員から次のような切実な声が上がっているといいます。

「組合が公式に辞任要求しないまま日が経っていくことがまずい。職員も会長と同列だとみなされ、NHKへの信頼がどんどん損なわれてゆく」
「海外の放送局からの反応が冷たくなった。取材拒否の例もある」
「あのように粗雑な理屈をこねる人間が、放送法に明文規定のない『編集権』を振りかざして番組制作現場に口を出したら、番組作りが崩壊する」
「今後現場で介入などの問題が起きた場合、組合が外部に知らせるなどして、明るみに出す構えを作っておくべきだ」……。

 こうした声が、現場から上がるのは当然です。組合は、(具体的には組合執行部は)こうした声にぜひ応えてほしいと思います。
 ホームページにある3月10日の組合見解をみると、「公共放送の根幹となる視聴者の信頼と理解が壊れかねない、そのことに対して私たちは強い危機感を訴える」となっていて、就任時の見解とは明らかにトーンが変わってきています。この変化は重要です。
  筆者は、組合に次のような行動を期待したいと思います。
  第一は、組合はNHKから外へ出て、NHKの自主・自立を守るため、視聴者・市民と連携するアクションを起こすことです。
  具体的には、市民団体やジャーナリスト団体、メディア関係労組と共催の集会やイベントの開催、あるいはNHK問題をテーマにした市民集会へ講師やパネラーを組合員から派遣するといった活動です。局内では声を上げられない人たちも、組合主催の集会やイベントなら出席でき、市民にその声を聞いてもらう機会が得られます。
  NHK労組が市民と交流し語り合う、という動きを最近まったく聞きません。この状態を変え、組合が市民に向かって声をあげると同時に、市民の声に耳を傾ける機会を持ってほしいのです。
  第二は、今回の事態について、職場内での討論集会や学習集会を数多く開いてほしい、ということです。局内からの声で、こうした集会がほとんどないか、きわめて少ない、と聞いているので、心配になりました。
  職場の繁忙化が進んでいる中で、開催は簡単ではないでしょうが、組合員が真摯かつ自由に話し合うことは、組合のあらゆる活動に活力を与え、その基礎となるものです。
  第三に、前述の組合員の声にあるように、今後番組やニュース制作で紛争が起こる可能性があります。人事権をもった上司に、職場で異議申し立てをするのは勇気の要ることであり、極めて困難です。こういうときに、労働組合は、主張した現場制作者が人事のうえで不当な処遇を受けないように監視し、ガードする姿勢を予め宣言しておいてほしいと思います。
  以上のような提案は、日放労の皆さんからは「内政干渉」のように感じられるかもしれません。しかし、会長・経営委員問題に取り組んでいる市民にとっては、日放労の姿勢は今、最大の関心事の一つです。その意味で少し立ち入った提案をしました。
  今、全国で市民がNHKの現状を憂えて声をあげています。こうした時期こそ言論報道機関の労組としての社会的責任を果たす、目に見える行動を期待したいと思います。

 本書は、あけび書房代表の久保則之氏の、NHK問題で緊急出版したい、という強い熱意によって生まれました。異例の「あとがき」になってしまい、詳しく出版の経緯を辿って謝意を述べる余裕がありませんが、NHK出身者3人に、今一番言いたいことを書く機会を与えていただいたことに感謝したいと思います。
  本書が、NHK問題に関心のある方々、またとりわけNHKで働く皆さんに読んでいただけることを心から願うものです。

2014年4月8日             戸崎 賢二