おわりに

  政府・与党は、生活保護についての誤解が広がっていることに乗じて、生活扶助基準の大幅切り下げを実行しました。根拠とされた「生活扶助相当CPIの下落率4.78%」に疑問を持った人は少なくありませんでした。
  国会では2013年の通常国会から、民主党や社民党、共産党の議員がこの問題で政府を追及しました。民主党の長妻昭衆院議員、社民党の福島みずほ参院議員などの大物議員が熱心でした。
  国会での追及によって関連するさまざまな情報が開示され、生活扶助相当CPIの下落率が大きくなったカラクリが分かりました。厚労省が独断的・拙速にことを進めた経緯も明白になりました。筆者は「理路整然とした国会での追及」の効果の大きさを再認識しました。ところが、政府は生活扶助相当CPIの算出方法などについて非を認めようとしないのです。
  国会の会議録や衆参両院のホームページの質問主意書のコーナーで、この問題についての質問や答弁を読んでいただきたいと思います。「生活保護」「物価」「基準」といったキーワードで探していけば、関連の質問や答弁が確かめられます。政府側の苦しさがにじみ出ていることが分かるはずです。

 筆者は、自分自身で生活扶助相当CPIのカラクリを研究し、国会での議論も追いかけながら、この問題の記事をたびたび中日新聞や東京新聞に書きました。『週刊金曜日』など他の媒体にも記事を書かせてもらいました。しかし、マスコミ報道は全体としては極めて少なく、この問題が世間で注目されるまでには至りませんでした。普通の人にはなじみにくくて理解しにくい「物価指数の算出方法」がポイントになっているので、仕方がない面はあります。「他のマスコミが先に報道している問題を後追いしたくはない」というマスコミ人も多いでしょう。
  しかし、筆者は「物価偽装による生活保護費の過大カット」を見過ごす気には到底なれません。「行政の施策としてありえない」「弱い者いじめそのものだ」といった気持ちが収まらないのです。

 今、期待しているのは、各地で次々に起こされている裁判です。生活扶助基準切り下げ処分の取り消しを求めるのが主な内容で、2014年8月1日までに、佐賀県、熊本県、愛知県、三重県、埼玉県で提訴されています。
  2013年には、生活扶助基準切り下げに対する審査請求に全国1万人以上の生活保護受給者が立ち上がりました。それを引き継いだのが各地での提訴です。
  各地の原告を支援するため、弁護士だけでなくさまざまな分野の人が動きだしています。生活保護基準をめぐる裁判は、朝日訴訟(1957年提訴)や老齢加算の廃止に異議を唱えた生存権裁判(2005年提訴)などが有名です。
  生活保護費が「健康で文化的な最低限度の生活を営む」水準には足らないと原告が主張した朝日訴訟は、その後の社会保障政策にも大きな影響を及ぼしました。今回の各地の裁判には、福祉や統計、経済が専門の学者もかかわっています。大いに期待できるのですが、裁判は結果が出るまでに何年もかかるのが難点です。

 政府は、生活保護予算をさらに削ろうと動いています。当面のターゲットは住宅扶助になるようです。こうした動きが広まることがないよう、筆者は「生活扶助費削減で厚労省がデタラメなことをした」と多くの国民が考える状況にまでもっていきたいのです。
「自分自身でやれることは最大限やろう」と考え、いろいろな検討の末に出てきたのが、単行本の執筆です。
  あけび書房代表の久保則之さん、経済アナリストの森永卓郎さん、貴重な当事者情報を提供していただいた生活保護受給者の三人の方などの多大なる御協力に深く感謝しております。
  生活扶助基準切り下げ問題を、貧困問題との関わりの中で説明することができて良かったと感じています。生活保護をめぐる誤解が国民に広まっており、その誤解を解く試みに参加できたのは幸いでした。

 筆者はあきらめが悪い人間です。「生活扶助相当CPI問題を勉強したい」と考える人を7、8人集めていただければ、日程が許す限り、全国どこへでも講師役を務めに出かけて行きたいと考えています。分かってもらえるまで説明したいのです。
  政府・与党は、生活保護についての誤解が広がっていたのを利用しました。物価を偽装しました。生活保護費を過大カットしました。こうした事実を多くの国民に知ってほしいと願ってやみません。

2014年9月                        白井 康彦