あとがきに代えて
     ―「武器輸出しない」国を選び直すこと

 日本の「国是」とされてきた武器輸出三原則は、安倍政権によって2014年4月1日のエイプリルフールにあっけなく撤廃された。しかし、日本社会の反応は事の重大さに見合うものではなく、「静か」だった。
  中東やアフリカを中心に悲惨な紛争が続き、大国の空爆に対抗する形で欧州などでも「テロ」が頻発している。日本を取り巻く東アジアでも残された冷戦が終わらず、緊張はむしろ激化している。アンドルー・ファインスタインは「20世紀のあいだに、武器取引は3億3100万人もの命を奪った紛争を実行可能にし、それを焚きつけてきた」(『武器ビジネス』)と書いている。人類は歴史から学ばないのか。武器輸出がブーメランとして自国にはね返ってくる時代にあって、自国の武器輸出を止めることこそが安全保障なのだということに気づく人々は決して少なくないと信じたい。

 武器輸出三原則は憲法9条の理念を反映したものだが、自動的に出来たものではない。私が参加した2016年4月25日の「防衛装備」シンポジウムで、司会を務めた田村重信・自民党政務調査会審議役は、戦後日本が武器輸出をおこなっていたことを誇らしげに紹介していた。確かに日本は、朝鮮戦争の開始を受けて1952年に武器生産を再開し、武器輸出にも踏み切った。以降15年ほど、米国や東南アジア諸国に武器輸出をおこなった。
  1967年に佐藤内閣が表明し、1976年に三木内閣が厳格化した武器輸出三原則は、ベトナム戦争に反対し、日本製の武器が他国の人々を殺すことに反対する世論こそが作らせたという側面があることを強調しておきたい。所与のものとしてあったのではなく、戦争に加担しないという憲法9条の理念を具現化するものとして、日本の市民が武器輸出三原則を選び取ったのである。

 それはいわゆる「普通の国」の姿ではない。社会福祉大国として有名なスウェーデンや、戦後補償において日本と対比されるドイツも、「立派な」武器輸出大国であり「死の商人国家」なのだ。世界有数の「経済大国」でありながら、武器輸出というカードを放棄するという選択が持つ積極的な意味を、日本の市民は今こそとらえ直すべきだと思う。6530万人(2015年末、UNHCR=国連難民高等弁務官事務所)という戦後最多の難民を産みだすに至っている悲惨な紛争が続く今こそ、武器輸出禁止の旗を高く掲げるべきなのだと思う。

 本書では、日本が2016年の現在において、「死の商人国家」に向かう危険な流れを明らかにしたうえで、それに抗する論理と人々の姿を浮き彫りにした。
  本来なら、もっと早い時期にこうした出版はなされるべきだったかもしれない。武器輸出に反対する市民の動きが出遅れたことは否めないが、この間、ぐいぐいと前進してきたと自負している。決して派手ではなく、マスメディアの注目度もまだ弱いものだが、形成されつつある日本版「軍産学複合体」の弱点を見すえて、行動を積み重ねてきた。武器輸出三原則の撤廃から2年以上が過ぎた今、周回遅れのスタートから挽回して、先を走る「死の商人」たちの姿を射程にとらえるところまで来たと思う。
  まだ小さいものの、ランナーの背中は確かに見えてきた。本書は、ここからスパートをかけて、追い抜き、立ちはだかるためのエネルギーを得るためにこそ出版された。武器輸出や軍学共同に反対する草の根の動きを、より力強く、確かなものにしていきたいと思う。

 私は本書で、市民は「勝ってもいないが負けてもいない」と強調した。日本の市民が再び武器輸出三原則を選び直すことができるかどうか。そして、それを掲げて世界の紛争を終わらせるためのイニシアチブを発揮できるかどうか。それは、この本を読まれた一人ひとりの声と行動に懸かっている。

 武器輸出反対ネットワーク(NAJAT)の発足集会にご登壇いただき、本書のインタビューや執筆を快く引き受けていただいた古賀茂明さん、望月衣塑子さん、池内了さんに心から感謝したい。
  そして、NAJATの仲間や応援してくれる方々にも、「今後もがんばろう」と改めてエールを送りたい。
  最後に、本書出版をご提案いただき、とりわけ執筆の遅い私の原稿を根気強く待っていただいたあけび書房の久保則之さんに心から感謝します。
  数年後に、「なんとか武器輸出が止められて良かった」と言えますように。

       2016年8月    武器輸出反対ネットワーク(NAJAT)代表・杉原浩司