訳者あとがき

 わたしは36歳のときに白血病と診断され、その治療のために骨髄バンクを介して骨髄移植を受けました。そして、それをきっかけとして、20数年間、骨髄バンクの活動に参加してきました。共訳者の野アさんは、娘同士が同級生だったということもありますが、わたしが知り合ったなかでドナー登録をしてドナーになったただひとりの人です。
 そんな彼女からベル・フックスというアメリカ女性の著した『フェミニズム理論 周辺から中心へ』の翻訳を共訳者として手伝ってくれないかと言われたときには戸惑いました。たしかにフェミニズムという言葉は知っていましたが、24歳のときに移住先のカナダから結婚のために日本に帰国し、昔ながらのしきたりを重んじる家に長男の嫁として入り30年、3人の子どもを育て、そして大病にかかって生死をさまようといった人生にフェミニズムという考えが入り込む時間も心の余裕もなかったというのが正直なところです。

 そんなわたしを突き動かしたのは、何年もコツコツと本書の翻訳に取り組んでいる彼女のひたむきさでした。「真面目」が洋服を着て歩いているような彼女を引きつけるのが何なのか興味を持ちました。そして、彼女はときどき面白いことも言います。
  「あなたはね、英語で勉強してきたの。英語を勉強したわたしたちとは違うの。だからいいのよ」
たしかにわたしは、13歳のときに家族とともにカナダに移住し、中学校、高校、大学と9年間、オンタリオ州のトロントで学生生活を送りました。人種のるつぼと言われるインターナショナルな都市で教育が受けられたことは貴重な体験でした。そんなわたしにとって、自分がマイノリティであることを認識しつつ、相手や自分の国の歴史や民族的背景を考えながら生活するという緊張感が習慣であったことも事実です。
 考えてみればわたしは、経験や知識を積み重ねていくという普通の生き方ではなく、人生の節目節目でそれらをすべて強制的に上書きされてしまうような人生を送ってきた気がします。そのために自分のアイデンティティが影響を受けたつもりはないけれど、そうでないような目で見る人もいて、それはそれで仕方のないことだと思ってきたところがあります。

 『フェミニズム理論 周辺から中心へ』の翻訳にたずさわって確信したことは、自分の立ち位置を知ることがとても大切だということです。自分の立ち位置を知って初めて人は、感情に振り回されることなく、物ごとに動じない心の余裕と信念にもとづく自信を持つことができるのだと思います。周辺にいながら自分を見つめることから逃げなかったベル・フックスにそのことを学びました。

 ベル・フックスは、謝辞で「フェミニズムに関する書物の価値はフェミニズムの活動家にどう受け入れられるかだけでなく、フェミニズムの闘いの外側にいる女性や男性をどれだけ引きつけられるかによって決められる」と記述しています。わたしも、そしてどう見てもフェミニストには見えないのに、出版に際して真摯に尽力してくださったあけび書房の久保則之代表も、フェミニズムの闘いの外側にいるにもかかわらず、この本に引きつけられた女性や男性なのだと思います。そんな久保さんに心から感謝します。
 もちろん、共訳者の野アさんにも感謝の気持ちしかありません。野アさんはこの本を娘さんのために翻訳したそうです。
 わたしは白血病のときもわたしを支え、共に骨髄バンクで活動し、共に暮らし、わたしの処女出版を心配し、今も心配してくれているはずの昨年、旅立った夫にこの本を捧げます。

                 2017年9月       本書共訳者 毛塚 翠