おわりに

 防衛記者ですから、毎日、防衛官僚や自衛隊員と会っています。広報の窓口になるのは立場をわきまえた優秀な幹部ばかり。組織の考えを代弁する模範回答しか返ってきません。
 あらためて現場の取材をしてみると、率直な本音を聞くことができて驚くことがあります。「第2章 防衛大綱からみえる自衛隊の変化」のうち「「宿営地の共同防護」をやらないと決めた隊長」に登場した中力修1佐もそのひとりでした。
 南スーダンの国連平和維持活動(PKO)で首都ジュバに派遣された中力修1佐は大統領派と武装勢力との撃ち合いに巻き込まれました。詳細は言えないとのことでしたが、こちらが取材で得ていた事実の確認はできました。
 一番聞きたかったのは、同じ宿営地にいた他国の軍隊が政府軍と撃ち合いを始めたとき、「自衛隊はどうすべきと考えたか」でした。すでに安保法制は施行されているので、「宿営地の共同防護」と言って、同じ囲いの内側にいる他国軍を守るのは自分自身を守るのと同じだとの理屈では武器を使えることになっていました。
 宿営地はとても広いので、中力1佐をはじめ、隊員たちは他国の部隊が政府軍と撃ち合った事実は知りませんでした。翌日、国連の司令部からの話や地元の新聞で知ったのだと言います。
「もし、撃ち合いを始めたとわかったとすれば、武器使用に踏み切りましたか」との問いに、中力1佐は即座に「それはない」と明快に答え、続いて、「自衛隊は道路補修をおこなう施設部隊です。宿営地を守るのは治安維持を担う他国の歩兵部隊の役割です」とその理由を話してくれたのです。
 政府軍と撃ち合った他国の軍隊については、「はっきり言って迷惑だ。PKO部隊が紛争の当事者になってしまう」とも言っていました。
「宿営地の共同防護」は、南スーダンPKOに派遣された中力1佐より前の自衛隊の部隊が国連から「他国部隊とともに宿営地を守るための武器使用」を求められ、安保法制の一部としてPKO協力法を改正し、実施可能としたのです。
「幅広く武器使用を認めたい政府」と「武器使用に慎重な部隊」との間に生まれたズレが埋まらないまま、安保法制は施行されたのです。「生煮え」ですから、受けとめる隊員によって判断は分かれたのではないでしょうか。

 南スーダンPKOの撤収の決め方も驚きでした。前述したように、PKOは半年以上も前に撤収時期を決めます。撤収する日に合わせて、自衛隊が持ち込んだ重機類の操作法を地元の人に教え、重機を寄贈して撤収後も地元の人たちだけで道路補修ができるようにするのが、これまでのやり方でした。
 南スーダンPKOでは突然、首相補佐官が南スーダンにやってきて撤収を命じます。隊長の田中仁朗1佐隊長は、計画通りに道路補修を続けたいと考え、工事を終えたのちに撤収しました。
 田中1佐にインタビューすると、首相補佐官が撤収を命じたのは、治安が劇的に回復し、順調に道路工事ができるようになった最中のことでした。前年までは危険な撃ち合いがあったものの、落ち着いて工事ができる環境になったので、「なぜ今、撤収なのか」と疑問に思ったようです。

 現場の取材を続けていると、愚直なまでに法律を守り、任務を完遂させようとする隊員と、勇ましく武力行使に踏み切る方向へと自衛隊を誘導したい政治家との間に埋めがたい深い亀裂があることがわかります。
 政治家は戦場へ行くことはありません。政治家の無責任な決定によって、危険にさらされる隊員たちはたまったものではありません。
 本書は、政治家を罵倒する自衛隊幹部の姿も紹介しました。政治家と自衛隊は、命令し、従う関係から、微妙に変化して自衛隊が力を付けつつあるように思います。
 シビリアン・コントロールはいかにあるべきかが、次の重要なテーマとなるのは間違いないでしょう。
 親しくなった海上自衛隊の幹部が言いました。
「みんな退官するときに言うんだよ。「戦争がなくて本当によかった」と」
 そんなホッとする時間は、いつまで続くでしょうか。
 平和を維持していくには、私たちが、政治家と自衛隊という安全保障の当事者たちをみつめ、評価する理性を持たなければなりません。フェイクニュースに惑わされることなく、正しい情報をもとに安全保障政策をつねに考えていく必要があります。

2019年4月24日   半田 滋